ヴィパッサナー瞑想 8日目

8日目

そういえば1日の終わりに質問が出来る時間が設けられている。

 

世界各国のヴィパッサナー瞑想センターをまわっている、ゴエンカ氏が認めたボランティアの指導者がセンターには来ていて、難しい質問に答えてくれる。

 

筆者の時はアメリカ人?のようなご高齢の方で、専属の通訳などはおらず、参加者の中から通訳が出来る人がいたらお願いするという形で、ここでも完全ボランティアで進められていた。(いない場合はどうするんだろうという疑問もある。)

 

 

瞑想系の通訳は難しいらしく(日本人同士でも瞑想の話は難しいだろうからそりゃぁそうだろう。)伝えたい事がなかなか伝わらず、ボディーランゲージも交えつつコミュニケーションを取る。

 

男性側には、日本語の達者なネパール人の方がいたので、ユーモアも交えつつ楽しく通訳して貰う事ができた。(楽しくというのは最後の聖なる沈黙後の事で、瞑想の時は真面目である。)

 

女性側は、慣れていない日本の方がなんとかニュアンスを伝ているという状況だった。

 

 

そこで、指導者に上手くできているか?問題はないかなど10日間中2〜3回程問われる。

 

 

また、休憩時間も質問タイムを設けているので、コースマネージャーにその旨を伝えて予約しておくといつでも質問が出来る。

 

 

 

 

ヴィパッサナー瞑想の指導では、更に広い面積で感覚を見るように指導される。

 

 

メモなどは一切取れないのでハッキリは覚えていないが、頭から水をかぶるような感じで、流れるように身体の表面の感覚を感じて行く…

 

 

今まではパーツごとに小さくゆっくりやっていたものが、ここでは一気にまとめて進められる事から、格段に早く身体をスキャンする事が出来るようになった。

 

 

また、身体のどこかにかゆみや痛みを覚えても、客観的に観察することでその痛みが消え去ったり、一時的なものだと理解出来たり、感覚に反応しないという事が明確に出来るようになった。

 

 

 

ゴエンカ氏の話では、蓄積されたサンカーラ(渇望・嫌悪)の話をしていたように思う。

 

ヴィパッサナー瞑想の、身体に覚える痛みやかゆみや心地よい感覚は、全ては過去のサンカーラ(渇望・嫌悪)から来ているそう。

 

 

例えば10日間の合宿では菜食しかしないが、肉食をすれば、当然その血肉に宿るものが身体の中に入る訳で、そこから身体のどこかに感覚として現れる…
自分なりの解釈も少し入っているかもしれないが、こういう事があるので菜食中心のメニューにするのだと思う。

 

 

こういった身体の表面に現れる痛みなどは、心が浄化される過程では必ず現れる。
それを感じて、痛みに反応しない事で繰り返されるダンマ(法則・秩序)を止める事によって心は次第に浄化されて行く。

 

 

痛みであれば嫌悪しない。
トランス状態のような体感したことのない心地よい感覚ならば、渇望しない…。

 

そういった体内に起きた出来事を、ただ冷静に静観・観察する事で、心はどんな時でも冷静さを保つことが出来るようになる。

 

という事のよう。

 

 

この話では、ようやくヴィパッサナーの実践と、講話の渇望・嫌悪のサンカーラ・ダンマなどの話が繋がって来る。

 

 

なるほど!と納得も出来た。

 

 

感覚が働く時に、新たなサンカーラを生み出すことがなければ、新たな苦は生れず、また過去に蓄積された渇望・嫌悪が呼び起こされ消えて行く。

 

その過程で心は浄化されて行く。

 

感覚は心と身体の両方に繋がっている。

 

心の深い部分で心は感覚と繋がっているから、感覚を見る。

 

 

この講話とヴィパッサナーの実践のバランスは非常に絶妙で、最初はただやれ!というニュアンスでも、必ずフォローしてくれるプログラムとなっている(とは言っても専門用語などはいきなり出てくるので、本当は10日間では全く足りないのだと思う。)ので、良くできているプログラムだなーと何度も関心させられた。