ヴィパッサナー瞑想 実践 考え方が変わり素直になる

ヴィパッサナー瞑想を実践すれば考え方が変わり素直になる事が出来る?

ヴィパッサナー瞑想に取り組むからには何かしらの目的があるという場合が多いのではないかなと思います。

 

例えば素直になったり、物事を冷静に判断する能力を付けたりなど。

 

これについて思う事は、ヴィパッサナー瞑想をすれば確かにそういう風に物事を考える事が出来るようになると思います。

 

 

人に素直になれないというものは、自分の気持ちが納得がいっていない状態で、いつまでも物事に拘り続けている状態にあると思いますので、そういった縛りから心を開放する事が出来れば、大抵の事はどうでも良いちっぽけ事なのだなと思えるようになると思います。

 

 

ヴィパッサナー瞑想実践前に大きな事と思っていた事が、実践後はそんな小さな事には心奪われないという気持ちを持つ事が出来るイメージです。

 

 

心の持ちよう一つで他人に対して素直になったりという事は可能になりますので、心の手術とも言われるヴィパッサナー瞑想は効果的だと思います。

 

 

これは考え方についても同じ事で、心が変われば考え方もそれに連動して変わる事になりますので、より余計な事に囚われないクリアな考え方が可能になります。

 

 

ヴィパッサナー瞑想に関わらず、瞑想にはこうした魂の浄化というか、心を素の状態に保つ作用がありますので、取り組む事でより優れた観察眼も身に付ける事ができるのではないかなと思います。

 

 

また、ヴィパッサナー瞑想を実際に体験した人に意見を聞いてみると、「古くからの禍根があり、仲が悪かった友達と仲直り出来た」などの意見がみられますが、こうしたものも自分の中での怒りや蟠りを完全に昇華させる事が出来た結果としてこういう事になっているのだと考える事が出来ます。

 

 

他者を変える事は出来なくとも、自分が変わる事で自然と周囲に影響を与えるという事は普通に起こり得る事だと思いますので、ヴィパッサナー瞑想はそういう効果もあるのだと思います。

 

 

こうしたものは、ヴィパッサナー瞑想に取り組む事で、恐らく多くの方が経験する事だと思いますが、しかし同様に、ヴィパッサナー瞑想をやめてしまったら即座に心も前の自分に戻ってしまうという問題も同じく多くの方が経験している事なのではないかなとも思います。

 

 

こういった問題があるので、本格的な修行者は山に篭もり世俗を離れひたすら自分と向き合い続けているのだと思います。

 

ヴィパッサナー瞑想を体験して、ヴィパッサナー的思考を持って考えると、現代の世の中は娯楽にまみれた邪念だらけの世界という事になりますが、一般社会に戻るとそれだけ娯楽や誘惑の多さに驚かされる事になります。

 

 

娯楽や誘惑はとても心地よいものですので、油断しているとつい心動かされてしまいますが、それに身を任せると、瞬時に全てが元に戻ってしまいますので引っ張られてしまわないように上手くバランスを取る必要があります。

 

現代社会におけるヴィパッサナー瞑想の実践においては、世俗とのバランスの取り方が一番の課題だと思います。

 

 

 

常に素直な姿勢で、クリアな思考でという状態を目指すのであれば実践し続ける事は欠かせない事なのだと思います。

 

 

トルストイの名言に

 

善をなすには努力が必要である。しかし、悪を抑制するには、さらにいっそうの努力が必要である。

 

というものがありますが、まさにその通りなのだと思います。

 

 

瞑想はいつまで続ければ良いのか?いつになったら悟りに到達するのか?という疑問を持ってしまいがちですが、瞑想はそういった性質のものでは無く、続ける事にこそ意味があり、それこそが本質なのではないのかなと思います。