ヴィパッサナー瞑想 喜怒哀楽 感情を無くしてしまう 疑問

ヴィパッサナー瞑想は喜怒哀楽の感情を無くしてしまう?という疑問

ヴィパッサナー瞑想は自己を観察する瞑想です。

 

物事をあるがままに見る・今という瞬間に完全に意識を集中させ、今ここにいる自分に気づいて行く事、自分を客観的に観察する事で心を成長させて行く事を目指す瞑想です。

 

 

ヴィパッサナー瞑想を正しく実践し、自分の感情を観察する事で喜怒哀楽などの感情に対し冷静に対応する事が出来るようになります。

 

 

世の中の全ての物事は常に移り変わっていて変化し続けていますが、これは自分の肉体と心に関しても同じ事が言えます。

 

 

ヴィパッサナー瞑想ではこの肉体や心の変化に即座に反応するという事を行わずにただ観察する事に集中し続けるという事を行います。

 

 

こうする事により感情を自分でコントロールする事が可能になります。

 

 

また、世の中の全ての物事、森羅万象についても必ずこの変化というものは起こっていますが、そういったものに執着する意味は無いという事を理解する事で今に集中する事が出来るようになります。

 

 

今に集中する事が出来れば、日々の行いが未来に繋がるという事に気づく事も出来ます。

 

 

 

感情をコントロールし、冷静になる事が出来れば、自分が悪いと思う感情に対しては自制し自分の望まぬ方向へ進んでしまうという事を抑制する事が出来るようになると思います。

 

 

イメージで言うと、人はカッとなってしまった時などに反射的に暴力を奮ってしまったり場合によっては殺人を犯してしまったりという事もありますが、怒りを静める場合は冷静になる必要がありますし、客観的に自分を見たりという作業を自然にしていると思います。

 

この時に、ヴィパッサナー瞑想を実践していれば、この怒りの芽が出る前に自分を客観的に観て静めるという術を既に知っているという事になりますので、カッとなる事自体が無くなります。

 

こういう反射的な行動が無くなれば、その後にある人に危害を加えたりという事も未然に防ぐ事が可能になります。

 

 

また、冷静になってしまう事で、喜・楽という感情まで薄れてしまうのではないかという事を疑問に思ってしまう事もあるのではないかなと思いますが、ヴィパッサナー瞑想はあくまでも感情をコントロールする術を身に付けるという事ですので、自分自身が以前と変わらず喜んだり・楽しんだりという事が出来なくなるという意味ではありませんので、そこは誤解しない方が良いと思います。

 

 

しかし、ヴィパッサナー瞑想は仏教の中の一つの修行法というものでもあり、本質はとても奥が深いものですので捉え方や解釈を間違えてしまうと、瞑想で全ての感情を抑制してしまい、人間らしく無く、覇気が無く、抜け殻のような脱力した無気力でやる気の無い人間になってしまうという事もあるかもしれませんが、それは全くブッダの教えとは違うものとなりますので、何か違和感を感じてしまった場合は、もう少し仏教の本質を学んでみると解決するのではないのかなと思います。

 

 

仏教の思想は簡単に言うと、苦を滅し、善行を行うというシンプルなものですので、そういった事も含めて考えて行くと良いのではないかなと思います。