ヴィパッサナー瞑想 取り組む事のメリット 意味の考え過ぎには注意

ヴィパッサナー瞑想に取り組む事のメリット・意味の考え過ぎには注意

ヴィパッサナー瞑想に取り組むからには、どこかでそういう瞑想があるという事を知った事がきっかけで興味を持って情報収集を始めると思います。

 

そして、瞑想をはじめようと思うからには何かしらの動機があるのではないかなと思います。

 

 

例えば

 

  • 集中力を高めたい
  •  

  • 悟りを開きたい
  •  

  • 解脱したい
  •  

  • 苦しみから解放されたい
  •  

  • うつ病の克服
  •  

  • 人間関係の改善
  •  

  • スーパーマンの様になりたい
  •  

  • 素晴らしい人になりたい
  •  

  • 自分らしくなりたい
  •  

  • 人間磨きの一環として
  •  

  • 精神統一
  •  

  • シックスセンスを習得したい
  •  

  • 超能力を身につけたい
  •  

  • 仏教とは?を知るために
  •  

  • ブッダに興味があった為
  •  

  • 人格改善

 

 

などなど。

 

 

人それぞれ様々な動機があるのではないかなと思います。

 

 

また、インターネットでのお悩み掲示板などを見ていても、「ヴィパッサナー瞑想をやれば○○になれますか?」という質問は沢山見受けられます。

 

 

そして、ヴィパッサナー瞑想とは一体何なんでしょうか?と深く疑問を持ってしまうという事もあると思います。

 

 

このように情報を集めるという事は良い事ですが、しかし、ヴィパッサナー瞑想は

 

  • 「ものごとをありのままに観る瞑想」
  •  

  • 「今に集中してあるがままの状態に気づく」
  •  

  • 「目の前の現象を正しく捉える悟りの瞑想」

 

であるという事が全てですので、それ以上のものやメリット・効果などを求めたり期待したり、そのせいで頭でっかちになってしまったりしてもあまり意味は無い事なのではないかなとも思います。

 

 

例えば、瞑想合宿だとゴエンカ系という事になりますが、他にもヴィパッサナー瞑想は、ラベリング・言語化でサティを入れるマハシ系などもあり、どっちがいいのだろうか?どうせやるなら効果の高い方が良いと迷ってしまったりしてなかなか瞑想に取りかかれないという事も良くある事なのではないかなと思いますが、ヴィパッサナー瞑想の「ものごとをありのままに観る」という本質はどこでも同じですので、とりあえずやってみるという姿勢が一番大切だと思います。

 

 

良く瞑想は登山に似ているという例えが用いられる事がありますが、登るルート(悟りに至る道)は沢山あり、登り口付近で「こちらが近道ですよ」と案内しているガイド(流派)が沢山ある為に、初心者はどれを登った方がお得かな?と入口付近をウロウロしてしまうという事になってしまいがちですが、登山のどのルートが良いという事は登山経験者個人の考えかたによって一長一短ですし、登った人しかその醍醐味を知る事は出来ないという事は事実ですので、人にどう言われようとも自分の目で確かめねばわからないという事になると思います。

 

 

瞑想は頭で理論を考えるよりも実践する事が大切というのは、迷いが生じて瞑想の妨げになってしまう事に繋がる事もありますので、とにかく実践する事が大切です。

 

 

そして、ただありのままを観る瞑想ですから、早く悟りたい、すごい未知の力を発揮したいなどと求めてしまっては今に集中出来ていませんのでヴィパッサナー瞑想に取り組むのであればそういう気持ちは持つべきではありません。

 

 

ブッダが悟りの方法を幾ら理論として理解しても悟りに至る事は出来ないと言われているように、結局は修行者は自分で悟りを開く道を歩まねばならないというのが最も重要な事だったりします。

 

 

そしてそれこそが最もシンプルで最も難しい事なのではないかなとも思います。

 

 

何か「ミラクルな凄い力を得たい」と渇望してしまっている場合は、その時点でヴィパッサナー瞑想とは一線を画しているとも考えられますので、取り組む際には一度そういうものから離れるようにしてみると良いと思います。

 

 

ただじっと呼吸を整えて、ありのままの状態を観察するようにしてみると良いと思います。

 

 

ヴィパッサナー瞑想がどんなものであるのかを知る方法は実践するしか道は無いのだと思います。