ヴィパッサナー瞑想 アーナパーナー瞑想 究極の瞑想方法なのか

ヴィパッサナー瞑想・アーナパーナー瞑想は究極の瞑想方法なのか?

アーナパーナー瞑想とヴィパッサナー瞑想は常にセットで用いられる止観の瞑想とも言われていますが、この二つの瞑想は究極の瞑想法なのか?という事については、そうであると考えても良いと思います。

 

これについては、宗教などを交えて考えると、いやウチが本物だ、自分の宗派こそ唯一の悟りの道なのだ、とややこしい話になってしまうと思いますが、仏教と名乗るのであれば、大抵の宗教は枝葉の様に別れていたとしてもルーツは同じとされていますし、そう考えると、やはりこのヴィパッサナー瞑想・アーナパーナー瞑想というものは仏教の中でも大切な位置づけにあるという事は間違い無いという事が言えると思います。

 

 

ヴィパッサナー瞑想は、ブッダが悟りに至った瞑想と言われているのは伊達ではありませんし、それを現代仏教徒が否定していたとしたらイコール初期仏教を否定する事にもつながり、それはブッダの否定にも繋がる事でもありますし、そうなると他にも多くの矛盾が出て来る事になります。

 

 

宗教の話は良いとして、ヴィパッサナー瞑想はマインドフルネス認知療法として医療にも取り入れられている事から、精神医療にも効果があるという事はハッキリしていますし、ヴィパッサナー瞑想からヒントを得て作られた瞑想も世の中には沢山あるのではないかなとも思いますし、このように考えると、様々な世界で用いられているという事がわかります。

 

 

特に、アーナパーナー瞑想は呼吸に集中するだけですので、こう考えると対象を持たない瞑想であるのならば全てに共通しているという風にも考えられます。

 

そして、アーナパーナー瞑想を実践してみるとわかりますが、比較的簡単に短時間で思考を停止させる事が出来ると思います。

 

 

たったこれだけの事ですが、これだけでも日々ちょっとした時間に取り組む事で頭の中はスッキリしますし、そのおかげで頭が冴えたり、集中して目の前の物事に取り組む事ができたりという事が可能になると思います。

 

 

これに合わせてヴィパッサナー瞑想による自己観察を行えば常に自分を正す事も可能になります。

 

 

世の中の大抵の物事は、時代が進むにつれ進化して行きますが、瞑想についてはブッダの時代に完成されており、またそれが一度失われたとも言われていますが、そういう理由もあり、様々な人の解釈によってこれが正解だと新たな手法が生み出されている状態となっています。

 

ですので、瞑想においてはヴィパッサナー瞑想・アーナパーナー瞑想が既に究極の瞑想方法だと思います。

 

 

現代では音楽による誘導瞑想やヨーガなど様々な瞑想法がありますが、ヴィパッサナー瞑想は瞑想に興味があるのなら一度は実践してみると良いのではないかなと思います。

 

また、ヴィパッサナー瞑想は宗教は関係無く実践すれは誰にでも等しく効果があるものと言われていますが、これは自分の心を打ったフレーズでもありますが、こういうものこそ多くの人に認知され利用されるべきものなのではないかなとも思います。