ヴィパッサナー瞑想 3日目

3日目

アーナパーナーを実践して3日目、ようやくヴィパッサナーが始まるのか?と期待感で一杯だった。

 

 

アーナパーナーにも飽きてきていたが、しかし、随分と集中力が高まったように感じられた。

 

最初は、各自で自由な瞑想時間は、出来るだけ部屋でやったり、ブッダが涅槃といって横になった姿の瞑想?もある事から、涅槃だ!と言って寝転がって瞑想をしたりしていたが、この辺りから意識が変わって来て、折角来たのだから、何か掴んで帰ろう!と思うようになっていた。

 

本気でひたすら、せめて残りの数日間だけは本気で瞑想に取り組んでみよう!と、グループ瞑想以外でもホールに行くようになる。

 

これは個人差はあるものの、恐らく皆がそう言う感じで、最初は自由時間はホールには来ない人が多かったのだが、後半になるにつれ、皆ホールに来るようになっていた。(もちろん最初からずっといる人もいる)

 

 

何かを掴み始めた?か、瞑想も苦痛にならなくなって来ている段階なのだと思う。

 

 

グループ瞑想時は、綺麗な声の女性のアナウンスが流れ、瞑想法を少しづつ細かく教えてくれ、瞑想に誘導されて行く。

 

最初はただ鼻から吸って吐く、だったのが、鼻の吸う時の場所(三角系)を徐々に小さく…また、吐き出す時は悪いものを吐き出し、空気を入れ替えるように…など、うる覚えだが、そんな感じで精度を高めて行く。

 

呼吸を静観。
ただ静観。

 

 

頭も真っ白になり。
何も考えない。
思考しない。
心を穏やかに保つ。

 

 

という事が素早く出来るようになって来る。

 

 

ひたすら集中、ひたすら集中。

 

 

 

そういえば食事について触れていなかったが、菜食中心とは言え、普通に美味しい。

 

イメージでは、普通の料理だが、肉系のものが一切使われていないというだけの事。

 

 

種類も豊富だし、パンも選べたり、フルーツも充実。好きなだけ食べていいというのも嬉しい。

 

確かカレーのようなものもあったように記憶している。

 

 

あと、基本早いもの順で、並んで順番に好きなものをよそっていくバイキング形式なのだが、たまに量が少ないものは自分までまわって来ない事もある。

 

遅く並ぶのが好きな筆者は、何度か悲しい思いをしたこともあったが、全てはアニッチャ〜とその時は思っていた。

 

 

※アニッチャは全てのものは流れて行き、変化する、今と同じ不変のものは二つとない。
よってそのものに固執しない。
心奪われない。という考え方を指す言葉。

 

 

講話や瞑想の終わりなど、随所で、ゴエンカ氏のアニッチャ・アニッチャ・アニッチャを耳にします。

 

またサドゥ−と言って終わる事もありますが、これはサンスクリット語では修行者の意味があるそうです。